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たばこ流行の抑制 たばこ対策と経済

要約
 

世界中ですでに成人10人に対し1人が喫煙によって死亡している。2030年、あるいはそれよりやや早い時期までには、その割合は6人中1人、つまり年間1000万人が喫煙により死亡することになり、単一のものとしては他のいかなる死因をも上回ると見られている。ところが、最近まで主として富裕国に影響を与えていたこの慢性疾患と若年死亡の蔓延は、現在発展途上国に急速に移行し始めている。それにより2020年までには、喫煙によって死亡する10人中7人は低・中所得諸国で発生することになるだろう。

本報告書作成の背景

現在、喫煙が地球規模で人類の健康を阻害していることに異論を唱える人はほとんどいない。しかし、多くの政府は、税率引き上げ、広告および販売促進の包括的禁止、または公共の場所における喫煙制限など、喫煙対策を実行に移すことを避けてきた。その理由は、政府による介入が自国に経済的打撃を与えるのではないかと懸念したからである。たとえば、政策立案者の中には、紙巻たばこの売上縮小により何千人もが永久に失業するのではないか、またたばこ税の引き上げは歳入の減少につながるのではないか、さらにたばこ価格の引き上げは大規模な密輸増加を招くのではないか、との懸念を抱く者もいる。
本報告書では、たばこ対策の企画にあたり政策立案者が取り上げなければならない経済的な疑問についてを検証している。喫煙者がたばこを吸うという自らの選択についてそのリスクを認識しコストを負担しているかを問いかけ、介入が正当であると判断した場合に政府に与えられる選択肢を探っている。本報告書ではまた、健康、経済、および個人にとって、期待されるたばこ対策の影響を査定する。この中で、政策立案者にこれまで行動を起こすのを見送らせていた経済的懸念の多くは、実は根拠のないものであることも証明されている。たばこ税引き上げの決定など、たばこ需要を削減する政策についても、大多数の国では長期的な失業を生むことはないだろう。また、たばこ税を引き上げても、税収を減らすことはなく、むしろ中期的には歳入の上昇に結びつくはずである。要するに、そうした政策は、経済に打撃を与えることなく、健康に対し前例のない大きな恩恵を生み出すと考えられるのである。

現在の傾向

世界中で約11億人が喫煙しており、2025年までにその数は16億人を上回ると予測されている。高所得諸国では、数十年にわたり喫煙者数が全体的に減少傾向にあるが、ある種の集団では増加を続けている。一方、これとは対照的に、低・中所得諸国では、紙巻たばこ消費量が増加している。紙巻たばこの取引がより自由化されたことにより、これらの国々での消費量が近年押し上げられてきているのである。
喫煙者の大半は若い頃に喫煙を始めている。高所得諸国では喫煙者10人中約8人が十代で喫煙を始める。低・中所得諸国では喫煙者の多くが二十代前半から喫煙を始めているが、こうした国々でも喫煙開始年齢の若年化が進んでいる。今日ほとんどの国では、富裕層よりも貧困層の方が喫煙率が高い。

健康影響

喫煙の健康影響には2つの側面がある。1つは、喫煙者がたちまちにしてニコチン依存症に陥る点である。ニコチンに依存性があることは詳しく報告されているが、消費者はその害を過小評価していることが多い。米国で高等学校最終学年の生徒について行った研究は、自分が5年以内にたばこを止めると考えている生徒の中で、実際に禁煙できるのは5人中2人にも満たないことを示唆している。高所得諸国の成人喫煙者10人のうち約7人は、喫煙を始めたことを後悔し、禁煙を望んでいる。この数十年間知識の普及に伴い、高所得諸国では、禁煙成功者の数はかなり増加している。だが、禁煙を個人的に試みた場合の成功率は低い。禁煙プログラムの支援を受けずに禁煙を試みた人々のうち、約98%が1年以内に喫煙を再開する。低・中所得諸国では禁煙はまれである。
もうひとつは、喫煙が致命的な、また身体に障害を引き起こす疾患の原因となっており、危険性の高い他の行為と比べて若年死亡のリスクがきわめて高いことである。長期喫煙者全体の半数はいずれたばこが原因で死亡するが、このうち半数は、働き盛りの中年期に死亡し、寿命を20年から25年分縮めている。喫煙関連疾患としては、詳しく報告されている通り、肺やその他の臓器のがん、虚血性心疾患およびその他の循環器疾患、そして肺気腫などの呼吸器疾患が挙げられる。結核が蔓延している地域では、喫煙者は非喫煙者に比べて、この疾患で死亡するリスクも高くなる。
貧困層では、富裕層よりも喫煙率が高いため、喫煙関連若年死亡のリスクも高い。高・中所得諸国では、社会経済的に最下位の集団にいる男性は、社会経済的に最高位の集団にいる男性と比べて、中年期に死亡する傾向が2倍も高くなっており、その超過リスクの少なくとも半分は喫煙によるものである。
喫煙はまた、非喫煙者の健康にも影響を及ぼしている。喫煙者である母親から生まれた新生児は出生時体重が低く、呼吸器疾患にかかるリスクが高い上、非喫煙者から生まれた場合よりも乳幼児突然死症候群で死亡する傾向が強い。成人の非喫煙者は、他人のたばこの煙にさらされることで、致命的な、また身体に障害を引き起こす疾患にかかるリスクがわずかではあるが高まる。

喫煙者はリスクを認識し、コストを負担しているか?

近代経済の理論では、商品およびサービスにどのようにお金を使うかについて、最も優れた判断を下せるのは個人消費者であるとされている。消費者主権のこの原理は、いくつかの仮定の上に成り立っている。まず、消費者は購入に先立ち、そのコストと利点を比較した上で、情報に基づいた選択を合理的に行っていることであり、次に、その選択にかかるコストを消費者がすべて負担することである。すべての消費者が、このようにリスクを認識した上で自らの選択に発生するコストを負担するという形で主権を実行した場合、理論的には社会資源が可能な限り効率的に配分されることになる。本報告書では、消費者を喫煙に向かわせる誘因を検証し、それが他の消費財に対するのと同じような選択であるかどうか、またその結果が社会資源の効率的な配分をもたらしているかどうかを問いかけ、さらに政府の実行すべき対策について論じている。
喫煙者が楽しみや離脱症状回避といった利益を喫煙に見出しているのは明らかで、そのような利益に対して、自らの選択から生じる個人的コストを比較考量している。そのようにとらえた場合、喫煙者が見出す利益は認識されるコストを上回っていることになる。そうでなければ、わざわざ金を支払ってまで喫煙するには至らないはずだからである。ところが、喫煙という選択は、他の消費財購入の際の選択とは特に3つの点で異なっているようである。
まず、多くの喫煙者は自らの選択が疾病と若年死亡を引き起こす高いリスクを伴うという事実を十分には認識していないことが分かっている点だ。特に低・中所得諸国では、こうしたリスクを知らないで喫煙している人が大勢いる。たとえば中国で1996年に行った研究では、対象となった喫煙者の61%が、紙巻たばこは「ほとんどかまったく無害である」と思っていた。高所得諸国では、喫煙者は自分たちが大きなリスクに直面していることを知ってはいるが、非喫煙者に比べてそうしたリスクの大きさや確実性を過小評価しており、さらに自分との関連性を甘く見ている。
第2に、喫煙が通常思春期や青年期に始まるということである。若者は情報を得ても、必ずしもその情報をもとに健全な決断を下せるとは限らない。若者は喫煙が自分たちの健康に及ぼすリスクを大人ほど認識していないのかもしれない。また、新たに喫煙を始めた者や将来喫煙を始める者の大半は、ニコチン依存症に陥るリスクをも過小評価している。その結果、彼らは将来における喫煙のコストをかなり低く見積もってしまう。つまり、後の人生で、喫煙しようという若い頃の決断を翻すことができなくなるというコストである。社会は一般に青年期の決断力には限界があることを認識しており、若者がある種の選択を行う自由を制限している。たとえば、ある特定の年齢まで選挙権や結婚を許さないことなどである。同様に、社会は、若者が喫煙への依存に陥るような選択をする自由を制限することを妥当であると判断する場合もある。喫煙行動は若者が行う他の危険行為の大半よりも、最終的に死亡に至るリスクが高いのである。
第3は、喫煙者は非喫煙者にコストを課すという点である。コストの一部を他者に負担させることで、喫煙者は自分ですべてのコストを負担する場合よりもさらに多く喫煙しようとする気になるかもしれない。非喫煙者に課せられるコストとは、健康被害、そして環境やたばこの煙にさらされることの不快感と苛立ちであることは明らかである。さらに、喫煙者は他者に金銭的コストを課している場合もある。そうしたコストは認識や数量化が一層困難であり、また時と場所によって様々である。そのため、そうしたコストがどのように個人の喫煙誘因に影響を及ぼすかの結論はまだ出ていない。だが、そうしたコストのうち、医療費と年金の2種類について簡単に検討する。
高所得諸国では、年間総医療費の6%から15%を喫煙関連医療費が占めている。この数値は必ずしも低・中所得諸国には当てはまらないだろう。こうした国々では、喫煙に関連する疾患の蔓延がまだその初期段階にあり、その他の質的な差もあるかもしれないからである。年間経費は政府にとっては非常に重要だが、個々の消費者にとっては、自分たちと他者のうちどちらがそのコストをどの程度負担するかが、重要な問題なのである。
どの年をとっても、喫煙者の医療費は、平均して非喫煙者の医療費を上回る。もし医療費がある程度一般大衆課税でまかなわれるとしたら、非喫煙者はそれによって喫煙者のコストを一部負担することになる。しかし、一部の分析者は、喫煙者が非喫煙者よりも早期に死亡する傾向が高いため、喫煙者の生涯医療費は決して非喫煙者のそれを上回るわけではなく、少ないかもしれないとさえ主張してきた。この問題は議論を呼んできたが、高所得諸国における最新の研究の結果、喫煙者の生涯医療費は、たとえ短命であっても、非喫煙者の医療費をいくらか上回ることがわかっている。しかし、多かれ少なかれ、喫煙者が自らのコストを他者に課す程度には、多くの要因がかかわっている。たとえば、現状のたばこ税の税率や、医療がどの程度公共セクターによって提供されているかなどである。一方、低・中所得諸国では、こうした問題に関する信頼できる研究は行われていない。
年金の問題も同様に複雑である。高所得諸国の分析者の中には、喫煙者が公的年金計画に資金を積み立てておきながら、平均的に非喫煙者より早く死亡するので、「応分の負担をしている」と主張してきた者もいる。しかしこの問題は、喫煙者の大半が住んでいながら公的年金のカバー率が低い低・中所得諸国にはあてはまらない。
要するに喫煙者は、非喫煙者に対し健康被害、不快感と苛立ちを含むある種の物理的コストを課していることは確かである。また、金銭的コストを課している可能性もあるが、その規模はまだ明らかになっていない。

適切な対応

こうしてみると、どうやらほとんどの喫煙者は自らの選択のリスクを熟知していたり、または全コストを負担しているわけではなさそうである。子供や青少年に喫煙を思いとどまらせ、非喫煙者を保護するためには、大人たちから正しい選択を行えるようなすべての情報を提供することであり、政府はこの介入を正当だと考えるであろう。
政府による介入は、確認された個々の問題の解決を理想とすべきである。そこで、たとえば、喫煙の健康影響に関する子どもの判断が不完全であるという問題に対しては、彼らやその親たちに対してより効果の高い教育を行うようにしたり、紙巻たばこを容易に買えないように制限することが最も具体的な対策になるだろう。しかし、高所得諸国においてさえ、青少年に対する健康教育には反応が乏しく、完全な親などめったにいないし、現行の形の若者に対する紙巻たばこ販売規制は機能していない。実は、子供に喫煙を始めることを思いとどまらせる最も効果的な方法は、たばこ税の引き上げなのである。価格を上げることは、一部の子供や青少年の喫煙開始を防止し、すでに喫煙をしている者たちの消費量を減らすことに結びつく。
だが、課税は直截な方法であり、仮にたばこ税が引き上げられれば、成人喫煙者も喫煙量を減らすか、紙巻たばこを買うためにもっと高い額を支払うことになる。そのため、子供と青少年を保護するという目標を達成するための課税は、成人喫煙者にもコストを課すことにもなる。だがこのようなコストは、社会が子供のたばこ消費抑制にどの程度価値を置くかによって、容認できると判断される場合もあり得よう。いずれにせよ、成人による消費量を減少させることで、長期的には子供や青少年をさらに喫煙から遠ざけるという効果があるかもしれない。
ニコチン依存症の問題も取り上げる必要がある。禁煙を望む常用喫煙者にとって、ニコチンの離脱症状というコストは相当なものである。政府としては、こうしたコストの軽減に役立つような介入を包括的たばこ対策の一部として考慮してもよい。

たばこへの需要を削減する措置

ここからはたばこ対策の手法について、順を追ってひとつひとつ検討する。

たばこ税の引き上げ

あらゆる所得レベルの国々で、紙巻たばこの価格引き上げは需要削減に大きな効果を発揮することが実証されている。税金を引き上げれば、一部の喫煙者は禁煙するし、新たに喫煙を始めようとする人を思いとどまらせることにもなる。また喫煙を再開する元喫煙者の数を減少させ、継続的喫煙者の消費量を削減する。平均すると、紙巻たばこ1箱当たりの価格が10%上がると、高所得諸国では紙巻たばこの需要が約4%減るとされている。また、収入が低いために価格の変化に敏感になりやすい低・中所得諸国では、約8%の減少が見こまれる。子供と青少年は値上がりに対して年長の成人よりも敏感であるため、この措置は彼らに著明な影響を与えることになろう。
本報告書のためのモデルによると、増税によって紙巻たばこの実質価格が世界で10%引き上げられると、1995年に生存している喫煙者のうち4000万人が禁煙することになり、最低でも1000万人がたばこ関連死亡を回避できるであろうことが示されている。値上がりはまた、そもそも喫煙を開始することを思いとどまらせることにもつながる。本モデルは、故意に控えめの仮定に基づいているため、これらの数字は最小推定値と見なされるべきである。
多くの政策立案者が気づいているように、税金の適正レベルの問題は複雑である。税金の規模は、経験的な事実によって微妙に異なるのだが、それは、非喫煙者にかかるコストの規模や収入レベルのように、まだ確保されていない面もある。また、子供はどの程度保護されるべきか等の様々な社会的価値によって、また歳入の明確な伸びや疾病負荷の具体的な削減など、社会が税金を通して何を達成しようとしているかによっても変わってくる。本報告書ではとりあえず、喫煙抑制を望む政策立案者は、紙巻たばこ消費量の減った国々における包括的なたばこ抑制政策の一部として適用された税レベルを判断の基準として利用すべきであると結論づけている。そうした国々では紙巻たばこ1箱の価格のうち、税金が占める割合は小売価格の3分の2から5分の4の間となっている。現在、高所得諸国では、平均すると紙巻たばこ1箱の小売価格の3分の2以上が税金となっている。低所得諸国では、税金は紙巻たばこ1箱の小売価格の半分に達しない。

需要削減のための価格以外の手法

価格を上げる以外にも、各国政府は広範な効果的手法をとってきた。この中には、たばこの広告と販売促進活動の包括的な禁止が含まれている。これはマスメディアによる対抗宣伝、健康への害に関するはっきりと目立つ健康警告表示、喫煙の健康影響に関する研究結果の公表・普及、そして職場や公共の場所での喫煙制限など、情報を使った手法である。
本報告書では、こうした対策のひとつひとつが紙巻たばこへの需要を削減しているという証拠をあげている。たとえば、喫煙の健康影響に関する重大な新情報を伴う研究結果の公表といった「情報ショック」は需要を削減する。その効果は、健康へのリスクについての認識が一般に低い集団の場合に最大になるようだ。高所得諸国における計量経済的研究によると、広告と販売促進活動の包括的な禁止は、需要を約7%減らすことができるという。喫煙制限によって非喫煙者が恩恵をこうむるのは明らかであり、そのような制限は喫煙習慣の広がりを抑制できることも裏づけられている。
本報告書のために作成されたモデルによると、世界中で行われているこうした価格以外の手法は、包括的に実施された場合、1995年に生存している喫煙者のうち約2300万人を禁煙に成功させ、そのうち500万人にたばこによる死亡を回避させることができるとしている。増税の場合の見積と同様に、この数値も控えめな見積である。

ニコチン代替療法およびその他の禁煙介入

第3の介入としては、禁煙を望む人々に対し、ニコチン代替療法(NRT)をはじめとする禁煙介入を受けやすくするような支援を行うことがあげられる。NRTは禁煙の努力の効果を著しく高め、個人の離脱症状というコストをも軽減する。しかし、多くの国々ではNRTを受けることは困難である。本研究のモデルは、NRTをもっと普及させれば、需要をかなり減少させることができることを示している。
このような需要削減措置の複合効果はまだ明らかになっていない。たばこ抑制政策をとるほとんどの国の喫煙者は、それらの複数の措置を受けるため、個別の影響を厳密に研究することはできないからだ。しかし、一つの措置を導入することは他の措置をも成功に導くことが証明されており、包括的措置としてたばこ対策を実行することがいかに重要であるかを示している。つまり、こうした措置を組み合せて用いることにより、数百万人もの命を救えることになる。

たばこ供給削減の措置

たばこへの需要を減少させる介入は成功する確率が高いようだが、その供給を削減する方法についてはそれほど成功していない。これは、ある供給源が閉鎖されても、別の供給源が市場に参入するチャンスになるだけだからである。
たばこを禁止するという極端な方法は、経済的な理由から公認されていないだけでなく、非現実的であり、失敗に終わる可能性が高い。たばこの供給を削減する一つの措置として、転作が持ち出されることが多いが、農家にとっては、他の大半の作物よりも葉たばこ栽培の利益が大きいため、転作が消費量を減少させたという知見はほとんどない。転作は消費量を減少させる効果的な方法ではないが、最貧層のたばこ栽培農家が他の作物で生計を立てるよう転作を支援することが必要な地域で、より広範な多角経営プログラムの一環として行うのであれば、有用な戦略になる可能性もある。
同様に、輸入禁止のような貿易規制が、これまでのところ、世界中で紙巻たばこの消費量にはほとんど影響を及ぼさないことを示唆している。その代わり、効果的に需要を減少させる措置を採用し、このような措置を輸入と国産の両方の紙巻たばこに公平に適用する国々では、たばこ消費量の歯止めに成功する傾向が強い。同様に、健全な貿易・農業政策という枠組みの中で、主に高所得諸国で見られるような、たばこ生産への補助はほとんど意味を持たない。補助を打ちきったとしても、所詮、総小売価格にはほとんど影響を与えないからだ。
だが、供給側への措置として、たばこ対策の効果的な戦略に重要なものがひとつある。それは密輸の取り締まりである。効果的な方法としては、紙巻たばこの箱にはっきりと目立つ税印紙を貼り、現地語の警告を示すことと同時に、密輸者に対して厳しい罰則を積極的に施行し継続的に適用することがあげられる。密輸を厳しく取り締まることで、たばこ税の引き上げによる政府の歳入も増加する。

たばこ対策のコストと結果

政策立案者は昔からたばこ対策実施に関していくつかの懸念をあげている。まず、たばこ対策がその国家において永続的な失業を生み出すのではいかという懸念である。だが、たばこの需要が縮小したからといって、その国全体としての雇用レベルが落ちることにはならない。喫煙者がこれまで紙巻たばこに費やしてきた分の金が、今度は他の商品やサービスに費やされ、たばこ産業が失った仕事に代わる他の仕事を生み出すことになるからだ。本報告書のために行われた研究によると、たばこ消費量が減少しても、大半の国では実質的な失業は一切発生せず、わずかではあるが正味の増加も見られるとしている。
だが、主としてサハラ砂漠以南のアフリカにあるごく少数の国々の中には、経済を葉たばこ栽培に大きく依存している国がある。このような国々では、国内需要が縮小してもさほど影響はないものの、世界的な需要の落ち込みは失業に繋がる。そのような情況においては、調整を支援するような政策が不可欠である。だが、たとえ需要が大きく落ち込むことがあっても、その展開は緩慢であり、一世代以上の時間を要するであろう点は強調すべきである。
2番目の懸念は、税率の引き上げが政府の歳入を減少させるのではないかという点だ。実際には、たばこ税の引き上げによりたばこ税収入は大幅に増加することが経験的に実証されている。その背景には、需要が増税の規模に比例して落ちこむわけではないことがあげられる。たばこ依存症の喫煙者は値上げに対して比較的ゆっくりと反応するからである。本報告書のために作成されたモデルでは、世界中でたばこ物品税を10%という控えめな率で引き上げると、国によってその影響は様々であるが、たばこ税収は全体で約7%増加することになる。
3番目の懸念は、増税が密輸の大幅な増加につながることによって、紙巻たばこの消費量が高いまま、政府の歳入が減少するのではないかという点だ。密輸は深刻な問題であるが、本報告書では、密輸の頻度が高い場合であっても、増税は歳入増加と消費削減につながると結論づけている。したがって、増税を先送りにするのではなく、密輸に対しては犯罪行為として撲滅をめざすのが適切な対応である。
4番目の懸念は、たばこ税の引き上げが貧しい喫煙者に不当に大きな影響を与えるのではないかという点である。確かに富裕な消費者よりも貧しい消費者の所得から収められる税額の方が、現行のたばこ税に占める割合は大きい。しかし、政策立案者の大きな関心事は、税金および歳出システム全体の分配影響をめぐるもので、特定の個々の税をめぐるものではないはずだ。貧しい消費者は富裕な消費者よりも通常値上げに敏感に反応するために、その紙巻たばこ消費量は増税後に急激に落ち込むであろうから、相対的な金銭負担もそれに伴って減少するであろうことに注目するのは重要である。とは言うものの、彼らが喫煙の恩恵をうけられないことの方が大きな問題なのかもしれない。

たばこ対策は採算がとれるのか?

政府が介入を考慮する場合、さらに検討が必要になる重要事項は、他の保健介入と比べたたばこ対策措置の費用効果性である。本報告書のために実施された予備的な見積では、たばこ対策プログラムの実施にかかる公的コストを、その結果救うことのできる健康生存年数と対比させた。結果は、低・中所得諸国において基本的な公衆衛生包括措置として行われるたばこ対策はきわめて費用効果性が高いという、それまでの研究結果と一致したものとなっている。
対策により救うことのできる健康生存年1年当たりのコストとして測定すると、増税は費用効果性が高い。様々な仮定に基づいての推測によると、低・中所得諸国での対策により救うことのできる健康生存年1年当たりにかかるこの措置のコストは5米ドルから17米ドルになる1)。これは、子どもの予防接種など、政府が資金提供を行う一般的な保健介入に匹敵する。価格以外の対策の場合も、その多くは費用効果性が高い。たとえば、販売条件を変更しNRTの利用を一般市販薬化した場合も、その費用効果性が高いと思われる。しかし、貧しい喫煙者のための、NRTをはじめとする禁煙介入に補助金を提供することについては、決定に先立ち各国が慎重にその効果を評価することが必要になる。
たばこ課税が持つ独自の増収の可能性も無視できない。たとえば中国では、10%のたばこ増税で、低く見積もっても5%の消費減少と5%の増収になるとの推計がある。これだけの増収があれば国内の最貧困層国民1億人の3分の1に対して基本的な保健サービスを提供できる。

行動アジェンダ

個々の選択に関わる政策については、それぞれの社会が独自の決断を下している。実際、ほとんどの政策は経済的なものだけでなく、複数の規準の混合に基づいて決定される。ほとんどの社会では、たばこによる疾病負荷や若年死亡によるはかり知れない苦しみ、そして感情的な喪失感の軽減を望んでいるであろう。したがって、公衆衛生の改善をめざす政策立案者にとっても、たばこ対策は魅力的な選択肢であるといえる。これほど大規模な疾病負荷をそこそこでも軽減できるとすれば、それによってもたらされる健康上の利益はきわめて大きいものになるだろう。
政策立案者の中には、対策を首唱する最も大切な命題は、子供に喫煙を思いとどまらせることであると考える者もいるだろう。だが、子供の喫煙抑制を唯一の目的とする戦略は実用性に欠け、数十年単位で見た公衆衛生に大きな利益を及ぼすとは思えない。今後50年間に起こるであろうとされるたばこ関連死亡の大半は、現在の喫煙者の中から発生する。そこで、政府が中期的な計画で健康上の利益を模索する場合には、成人の禁煙にも役立つような、より広範な措置の採用や検討が必要になるだろう。
本報告書は以下の2点を勧告する。

1. 政府がたばこ流行に歯止めをかけるための強硬な行動をとると決定した場合には、多面的な戦略をとるべきである。その目的は、子供に喫煙を思いとどまらせ、非喫煙者を保護し、すべての喫煙者に対してたばこの健康影響に関する情報を提供することにある。この戦略には各国の必要性に合わせた調整が必要だが、次の事項を含むべきであろう。(1)包括的なたばこ抑制政策を行い消費量が減った国々が採用している税率を判断の基準として、税を引き上げる。こうした国々では、紙巻たばこの小売価格のうち3分の2から5分の4を税金が占めている。(2)たばこの健康影響に関する研究結果を公表し普及させる、紙巻たばこの箱にはっきりと目立つ警告表示を貼付する、広告と販売促進活動の包括的禁止を採用する、職場と公共の場所における喫煙を規制する。そして(3)ニコチン代替療法および他の禁煙介入を広く受けられるようにする。
2. 国連機関などの国際機関は、たばこ対策がそれ相当の注目を確実に集めることができるよう、現行のプログラムおよび方針を見直すべきである。こうした国際機関は、喫煙の動機、影響およびコスト、ならびに地方レベルにおける対策の費用効果性の研究に資金を提供すべきである。さらに、WHOが提唱する「たばこ対策のための枠組み条約」に伴う作業を含め、国境を越えたたばこ対策問題に取り組まねばならない。活動の主要な分野としては、密輸取り締まりについての国際的な合意促進、密輸の誘因を減らすための税率統一の検討、さらに世界的な情報伝達メディアを含む広告および販売促進活動の禁止があげられる。
喫煙が地球規模の健康に与える脅威はかつてないほど大きいが、費用効果性の高い政策を用いて喫煙関連死亡率を減少できる可能性も同じように大きい。本報告書は何を達成し得るかのめやすを示している。ある程度の行動でも、21世紀に向けて保健上の大きな改善を必ず実現できるのである。


1.ドル建ての額はすべて現在の米ドルを指す。


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